2019年03月24日

世界はエネルギーを目指している

山村の過疎化問題が叫ばれ始めて、早半世紀以上となる。

交通網が発達していない昔に、なぜ、山村に人々が集まっていたのかを、エネルギーの観点から考えてみる。

大昔、人は、草、貝、魚、木の実、小動物を食べていた。ちなみに、その中で、草が最も常食されていたであろう。なぜなら、人の目は、緑色の感度が高い。これは、草を見つける能力に長けた人類が、自然淘汰に勝ってきたことを意味する。

さて、取った食材の調理方法に、煮る、焼く、蒸す、炒める、揚げる、燻すがある。いずれも火が必要である。私が言いたいのは、調理用の火、すなわち、エネルギーは不可欠であるということです。もちろん、大昔は、拾ってきた小枝が唯一のエネルギー源だったであろう。


江戸時代の江戸を考えてみる。『撰要類集』では武家方寺社旅人100万人、江戸表町人50万人、合わせた人口150万人として必要な米数の計算を行っている。この150万人は毎日、ご飯を炊き、魚を焼かなければならない。すなわち、150万人が生活するためのエネルギーが必要である。
そのエネルギー源は、もちろん、薪もあったであろうが、軽くて運びやすい、炭が重宝されたと思われる。すなわち、薪や炭は山村からの産物である。だから、山村に薪や炭で生活を立てようと人が集まっていたと考えている。​

さらに、昭和は高度経済成長で、住宅建築に木材が必要となったことも、山村に人々がとどまった理由であろう。

明治時代になって、工業的にエネルギー源として石炭需要が高まり、九州の筑豊地方から良質な石炭が出ることから、筑豊地方が発展した。筑豊地方の石炭は、当初は五平太船で、芦屋港まで遠賀川を下って、運んでいたが、もっと多量に早く運ぶため、芦屋鉄道が建設され、さらに芦屋港は浅いので、大きな船が入れないと、若松港への筑豊興業鉄道の建設、輸送となった。
世界はエネルギーを目指している



明治大正昭和初期時代も、工業的には石炭が主流であったが、家庭用には薪、練炭や炭が主流であった。しかし、石油時代から、電気の時代になって、炭は家庭で使われなくなった。そのため、山村の生活は、薪や炭焼きでは暮らせなくなったと思う。そうすると、山村にいる理由はなくなり、過疎化に拍車が掛かった。

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今後のエネルギーの向かう先は、個別発電であると信じる。

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